資産運用 Lab.

第三章 トリプルBをトリプルAに変える魔術(後編)

 

トリプルBの債券を集めれば、あーら不思議、トリプルAになってしまうCDO。

その暴落への保険CDSを買うことがサブプライムをショートする方法だった。

 

 

要約

 

CDOという魔術

ゴールドマン・サックスがどんな手を使ってAIG・FPを口説き、それまで企業ローン市場に提供させたのと同じサービスを、急成長を続けるサブプライム・モーゲージ・ローン市場に提供させるようしたのか、リップマンにも正確なところはわからなかった。わかっていたのは、ゴールドマン・サックスが数十億ドル規模の取引を矢継ぎ早に、それを大量に創り出していることと、その取引によって200億ドル分のトリプルBのサブプライム・モーゲージ債が破綻した場合の損失が、全額AIG・FPの肩に掛かってくることだった。

 

その過程でゴールドマン・サックスは、ある証券を創り出し、その不透明さと複雑さゆえに、投資家と格付け機関から絶えざる誤解を受け続けることになる。合成サブプライム・モーゲージ債に基づくCDO(Collateralized Debt Obligation、債務担保証券)という証券だ。CDOはそもそもCDSと同じく、社債と国債の債務不履行のリスクを再分配するために発案されたものだったが、今回はサブプライム・モーゲージ・ローンのリスクを隠すように改造してあった。

モーゲージ債の場合、多くのローンをプールすれば、それが一斉に焦げつく可能性は極めて低いという前提のもとに、数千単位で債券にまとめられ、その債券が一基の塔に積み上げられて、てっぺんに近づけば近づくほどリスクもリターンも小さくなる。CDOの場合、異なる100のモーゲージ債 – 通常は元の塔で最もリスクの大きい低階層のもの – を集め、それを材料に全く新しい債券の塔を建てる。

元の100基の塔は全て同じ氾濫原に建っているのだから、ひとたび洪水が起これば、全ての塔の1階が等しく被害を受けるのだが、格付けのたびにゴールドマン・サックスを始めとするウォール街の投資銀行からたっぷりと手数料を受け取る格付け機関は、新しい塔の80%をトリプルAと認定したのだ。

 

 

CDSで複製する

CDOはアメリカ下位中流層の人々にとって、事実上の信用洗浄(ロンダリング)サービスだったが、ウォール街にとっては、鉛を黄金に変える装置だった。

トリプルBの債券を洗浄して、トリプルAの債券に変えるには、洗浄するためのトリプルBの債券を200億ドル分見つけなければいけない。元々のローンの塔(モーゲージ債)1基の中に、トリプルBと格付けされる頼りない階層は一つしかない。トリプルBのサブプライム・モーゲージ債だけで10億ドル分のCDOを創るためには、実在の住宅購入者たちに500億ドルの現金を貸し付けないといけないことになる。これには膨大な時間と労力が必要だが、CDSがこれを解決した。

 

マイケル・バーリが10億ドル分のCDSを購入したことに関して、幾つかの見方がある。1つ目が「保険契約」、2つ目が「投機的な賭け」、そして斬新な3つ目の見方が「サブプライム・モーゲージ債のほぼ完璧な複製品と見立てること」だ。

マイケル・バーリがサブプライム債に元づくCDSを買った場合、ゴールドマン・サックスは「現実の住宅ローンや住宅購入者が存在しない」という一点を除いて、元の債券とそっくりの新たな債券を作り出せる。現実に存在するのは、債券に基づく二次的な賭けの損失と利益だけだった。

 

ゴールドマン・サックスはトリプルBのサブプライム・モーゲージ債10億ドル分を生み出すのに500億ドルの住宅ローンを一から創り出す必要はなかった。マイケル・バーリのような、市場の暴落を予感している人間をおびき寄せ、100種の異なるトリプルBの債券を選ばせてから、それに対するCDSを買わせるだけでよかった。

そのパッケージ(合成CDOと呼ばれる、CDSだけで構成されたCDO)がまとまると、それをムーディーズとS&Pに持って行き、リスクの高いトリプルBの債券の束の80%をトリプルAに塗り替えた。

残りの20%はやはり、格下に見えたが、信じがたいことに、それらの“くず債券”をまた別の山に組み入れ加工し直すだけで、新たなトリプルAの債券を生み出すことができた。

100%の鉛を、80%の黄金と20%の鉛に変換した装置が、残滓の鉛の80%を再び黄金に変える仕組みだった。

 

ゴールドマン・サックスはマイケル・バーリとAIGの仲介役だった。バーリが250ベーシスポイント(2.5%)を支払って、最も質の劣るトリプルBに対するCDSの保有者となり、AIGが12ベーシスポイント(0.12%)だけ受け取って同じ債券に対するCDSを売り、ゴールドマンはその債券を合成CDOで浄化してトリプルAに仕立て上げる。ゴールドマン・サックスはリスクにさらされることなく、総額の約2%を仲介料として受け取り、全額を利益として帳簿に計上していた。

 

ゴールドマン・サックスが突然マイケル・バーリに1億ドル単位でCDSの売り込みをかけてきたことも、バーリがどの債券に保険を掛けようと、同社の債券トレーダーが一向に気にしなかったことも、まったく不思議はなかったのだ。

バーリが買った保険は、合成CDOに組み込まれて、AIGに転送された。AIGがおよそ200億ドルのCDSをゴールドマン・サックスに売ったということは、ゴールドマン・サックスがリスクのない利益をおよそ4億ドル手にしたということだ。それも“毎年”である。

 

 

市場の暴落に賭ける人間が不足している

グレッグ・リップマンは当初そういうことにあまり関心を払っていなかった。リップマンはトレーダーとして、単にサブプライム・モーゲージ債の売買と、その延長でサブプライム・モーゲージ債に対するCDSの売買を担当していたに過ぎない。しかし、あからさまに、サブプライム債券市場の下落に掛けようという投資家があまりに少なかったので、上司はリップマンに、CDOチームのために一つ引き受けるように依頼してきた。

本気でCDSの相場を建てようとしていたのは、ドイツ銀行以外にはゴールドマン・サックスだけだった。AIGのおかげで供給はほぼ無限にある。問題は需要の方だ。サブプライム・モーゲージし上に課せられた唯一の制約は、市場の暴落に賭ける側の人間が不足していることだった。

グレッグ・リップマンは、機関投資家へのプレゼンテーション行脚に乗り出した。顧客に富をもたらす妙案を胸に、引っくり返らんばかりの気持ちだった。もちろん、CDSの売買に際してはたっぷりと手数料を取るつもりだったが、顧客の懐に転がり込む大金のことを思えば、そんなものは“はした金”だ。リップマンはもはや売り手ではなく、恩恵を分け与える立場の人間だった。

 

リップマンのショート・ポジションの維持費、つまり、プレミアムの支払い額は年間数千万ドルにも及び、見た目の損失はそれよりさらに大きくなった。上司たちはリップマンに、なぜそういう動きを取り続けるのか説明を求めたが、リップマンは圧力に屈せず、逆に圧力を消すための案を思いついた。

この新しい市場を潰してしまうのだ。トリプルAのCDOの買い手は、ほぼAIGだけと考えて差し支えない。

もし、AIGが債券の不履行に対する保証をやめれば、おそらくサブプライム・モーゲージ債市場全体が崩壊し、リップマンのCDSは巨万の財と化すだろう。

この案を実行に移すべく、2005年の終わり、リップマンはロンドンに飛んだ。AIG・FPを率いるジョー・カッサーノの直属の部下、トム・フューイングズを相手に弁舌を振るい、思惑通り、その訪問からほどなく、AIG・FPがCDSを売るのをやめた。さらに、AIG・FP側からそれとなくCDSの“購入”を検討したいという意思表示まであった。
束の間、リップマンはたったひとりで世界を変えた気分に浸った。単身AIG・FPに乗り込んで、ウォール街の全投資銀行がそうやってAIG・FPを“かも”にするつもりかを説明してやったら、向こうも納得してくれたのだった。

 

 

トリックスター>

世紀の空売り>

ライアーズ・ポーカー>


資産運用 Lab.

第三章 トリプルBをトリプルAに変える魔術(後編)

 

トリプルBの債券を集めれば、あーら不思議、トリプルAになってしまうCDO。

その暴落への保険CDSを買うことがサブプライムをショートする方法だった。

 

 

要約

 

CDOという魔術

ゴールドマン・サックスがどんな手を使ってAIG・FPを口説き、それまで企業ローン市場に提供させたのと同じサービスを、急成長を続けるサブプライム・モーゲージ・ローン市場に提供させるようしたのか、リップマンにも正確なところはわからなかった。わかっていたのは、ゴールドマン・サックスが数十億ドル規模の取引を矢継ぎ早に、それを大量に創り出していることと、その取引によって200億ドル分のトリプルBのサブプライム・モーゲージ債が破綻した場合の損失が、全額AIG・FPの肩に掛かってくることだった。

 

その過程でゴールドマン・サックスは、ある証券を創り出し、その不透明さと複雑さゆえに、投資家と格付け機関から絶えざる誤解を受け続けることになる。合成サブプライム・モーゲージ債に基づくCDO(Collateralized Debt Obligation、債務担保証券)という証券だ。CDOはそもそもCDSと同じく、社債と国債の債務不履行のリスクを再分配するために発案されたものだったが、今回はサブプライム・モーゲージ・ローンのリスクを隠すように改造してあった。

モーゲージ債の場合、多くのローンをプールすれば、それが一斉に焦げつく可能性は極めて低いという前提のもとに、数千単位で債券にまとめられ、その債券が一基の塔に積み上げられて、てっぺんに近づけば近づくほどリスクもリターンも小さくなる。CDOの場合、異なる100のモーゲージ債 – 通常は元の塔で最もリスクの大きい低階層のもの – を集め、それを材料に全く新しい債券の塔を建てる。

元の100基の塔は全て同じ氾濫原に建っているのだから、ひとたび洪水が起これば、全ての塔の1階が等しく被害を受けるのだが、格付けのたびにゴールドマン・サックスを始めとするウォール街の投資銀行からたっぷりと手数料を受け取る格付け機関は、新しい塔の80%をトリプルAと認定したのだ。

 

 

CDSで複製する

CDOはアメリカ下位中流層の人々にとって、事実上の信用洗浄(ロンダリング)サービスだったが、ウォール街にとっては、鉛を黄金に変える装置だった。

トリプルBの債券を洗浄して、トリプルAの債券に変えるには、洗浄するためのトリプルBの債券を200億ドル分見つけなければいけない。元々のローンの塔(モーゲージ債)1基の中に、トリプルBと格付けされる頼りない階層は一つしかない。トリプルBのサブプライム・モーゲージ債だけで10億ドル分のCDOを創るためには、実在の住宅購入者たちに500億ドルの現金を貸し付けないといけないことになる。これには膨大な時間と労力が必要だが、CDSがこれを解決した。

 

マイケル・バーリが10億ドル分のCDSを購入したことに関して、幾つかの見方がある。1つ目が「保険契約」、2つ目が「投機的な賭け」、そして斬新な3つ目の見方が「サブプライム・モーゲージ債のほぼ完璧な複製品と見立てること」だ。

マイケル・バーリがサブプライム債に元づくCDSを買った場合、ゴールドマン・サックスは「現実の住宅ローンや住宅購入者が存在しない」という一点を除いて、元の債券とそっくりの新たな債券を作り出せる。現実に存在するのは、債券に基づく二次的な賭けの損失と利益だけだった。

 

ゴールドマン・サックスはトリプルBのサブプライム・モーゲージ債10億ドル分を生み出すのに500億ドルの住宅ローンを一から創り出す必要はなかった。マイケル・バーリのような、市場の暴落を予感している人間をおびき寄せ、100種の異なるトリプルBの債券を選ばせてから、それに対するCDSを買わせるだけでよかった。

そのパッケージ(合成CDOと呼ばれる、CDSだけで構成されたCDO)がまとまると、それをムーディーズとS&Pに持って行き、リスクの高いトリプルBの債券の束の80%をトリプルAに塗り替えた。

残りの20%はやはり、格下に見えたが、信じがたいことに、それらの“くず債券”をまた別の山に組み入れ加工し直すだけで、新たなトリプルAの債券を生み出すことができた。

100%の鉛を、80%の黄金と20%の鉛に変換した装置が、残滓の鉛の80%を再び黄金に変える仕組みだった。

 

ゴールドマン・サックスはマイケル・バーリとAIGの仲介役だった。バーリが250ベーシスポイント(2.5%)を支払って、最も質の劣るトリプルBに対するCDSの保有者となり、AIGが12ベーシスポイント(0.12%)だけ受け取って同じ債券に対するCDSを売り、ゴールドマンはその債券を合成CDOで浄化してトリプルAに仕立て上げる。ゴールドマン・サックスはリスクにさらされることなく、総額の約2%を仲介料として受け取り、全額を利益として帳簿に計上していた。

 

ゴールドマン・サックスが突然マイケル・バーリに1億ドル単位でCDSの売り込みをかけてきたことも、バーリがどの債券に保険を掛けようと、同社の債券トレーダーが一向に気にしなかったことも、まったく不思議はなかったのだ。

バーリが買った保険は、合成CDOに組み込まれて、AIGに転送された。AIGがおよそ200億ドルのCDSをゴールドマン・サックスに売ったということは、ゴールドマン・サックスがリスクのない利益をおよそ4億ドル手にしたということだ。それも“毎年”である。

 

 

市場の暴落に賭ける人間が不足している

グレッグ・リップマンは当初そういうことにあまり関心を払っていなかった。リップマンはトレーダーとして、単にサブプライム・モーゲージ債の売買と、その延長でサブプライム・モーゲージ債に対するCDSの売買を担当していたに過ぎない。しかし、あからさまに、サブプライム債券市場の下落に掛けようという投資家があまりに少なかったので、上司はリップマンに、CDOチームのために一つ引き受けるように依頼してきた。

本気でCDSの相場を建てようとしていたのは、ドイツ銀行以外にはゴールドマン・サックスだけだった。AIGのおかげで供給はほぼ無限にある。問題は需要の方だ。サブプライム・モーゲージし上に課せられた唯一の制約は、市場の暴落に賭ける側の人間が不足していることだった。

グレッグ・リップマンは、機関投資家へのプレゼンテーション行脚に乗り出した。顧客に富をもたらす妙案を胸に、引っくり返らんばかりの気持ちだった。もちろん、CDSの売買に際してはたっぷりと手数料を取るつもりだったが、顧客の懐に転がり込む大金のことを思えば、そんなものは“はした金”だ。リップマンはもはや売り手ではなく、恩恵を分け与える立場の人間だった。

 

リップマンのショート・ポジションの維持費、つまり、プレミアムの支払い額は年間数千万ドルにも及び、見た目の損失はそれよりさらに大きくなった。上司たちはリップマンに、なぜそういう動きを取り続けるのか説明を求めたが、リップマンは圧力に屈せず、逆に圧力を消すための案を思いついた。

この新しい市場を潰してしまうのだ。トリプルAのCDOの買い手は、ほぼAIGだけと考えて差し支えない。

もし、AIGが債券の不履行に対する保証をやめれば、おそらくサブプライム・モーゲージ債市場全体が崩壊し、リップマンのCDSは巨万の財と化すだろう。

この案を実行に移すべく、2005年の終わり、リップマンはロンドンに飛んだ。AIG・FPを率いるジョー・カッサーノの直属の部下、トム・フューイングズを相手に弁舌を振るい、思惑通り、その訪問からほどなく、AIG・FPがCDSを売るのをやめた。さらに、AIG・FP側からそれとなくCDSの“購入”を検討したいという意思表示まであった。
束の間、リップマンはたったひとりで世界を変えた気分に浸った。単身AIG・FPに乗り込んで、ウォール街の全投資銀行がそうやってAIG・FPを“かも”にするつもりかを説明してやったら、向こうも納得してくれたのだった。