資産運用 Lab.

第三章 トリプルBをトリプルAに変える魔術(前編)

 

トリプルBの債券を集めれば、あーら不思議、トリプルAになってしまうCDO。

その暴落への保険、CDSを買うことがサブプライムをショートする方法だった。

 

 

要約

株式市場では市場全体の取引が画面に映し出され、どの企業の株価の動きも常に一目で確認することができる。透明性が高いばかりでなく、当局の目も厳しく光っている。株式市場は、数百万、数千万という小口投資家の目にさらされており、法律が定められ、規制が適用され、少なくとも公正さが感じられる場所だった。

一方で、債券市場の方は、主に大口の機関投資家によって成り立っており、株式市場をはるかにしのぐ規模に発展しながら厳しい規制を免れてきた。債券セールスマンは当局への通報を恐れずに何でも言えたし、何でもできた。

 

 

住宅価格は下がらなくていい

グレッグ・リップマンが、スティーヴ・アイズマンの前に現われ、サブプライム・モーゲージ債市場が下がる方に賭けるトレードを持ちかけてきた。リップマンは、ドイツ銀行に勤めていた凄腕の債券のトレーダーだった。

 

リップマンはややこしい企画書を見せながら熱弁をふるった。

「ここ3年の住宅価格はそれ以前の30年間に比べると急激な上昇を続けていましたが、まだ下落には至っていないものの、すでにその上昇傾向を止まっています。」

さらに話を続けた後、リップマンはこのトレードに惹かれた根拠だと言って自作のチャートをとりだした。

チャートには驚くべき事実が示されていた。2000年以来自宅の価値が1~5%上昇した人々は、10%以上上昇した人々に比べて、住宅ローンを返済できなくなる率が4倍近く高かった。家の値段が劇的に上がっても、それを担保にもっと借金ができるという幸運に恵まれない限り何百万人ものアメリカ人が返済能力を失うということだった。

 

リップマンの売りはそこだった。住宅価格は下落する必要すらなく、空前とも言えるここ数年の急騰が止まりさえすれば膨大な数の住宅所有者が債務不履行に陥るだろう。

 

アイズマンがこの話を聞いた時に頭に浮かんだのは幾つかの質問だけだった。

「おたくの会社がこしらえて、その上格付け機関の評価が甘くなるように仕向けた債券なのに、なぜそれがコゲつく方に賭けることを勧めるんです?」

サブプライム・モーゲージ債が下がる方に賭けることに、アイズマンは何の迷いも覚えなかった。

「リップマンがやってきて、サブプライム債をショートして大金が稼げると言ったときには、目の前に裸のスーパーモデルを差し出されたような気分だった。ただ、どうしてリップマンがぼくにやらせたがるのか、その理由がわからなかた。」

その疑問はのちに解け、アイズマンの想像以上に興味深い理由だったことが判明する。

 

 

トリプルAの保険会社

バーリの賭けの相手は、トリプルAの保険会社AIG – 厳密に言えばAIGの一部門である、AIG・FP(ファイナンシャル・プロダクツ) – だった。

その企業に求められる条件は銀行ではないこと、つまり、銀行規制の対象にならず、高リスク資産に対して準備金を保有せずに済むことと、見慣れないリスクをバランスシートに吸収する意思と力があることだ。例えば、誰にも公表することなく1,000億ドル分のサブプライム・モーゲージ・ローンに保険を掛ける力が必要だった。それがAIGでなくてはならない理由はなかったがたまたま先陣を切ったのがAIGだったというだけの話だ。

 

初めの15年間、AIG・FPは驚くほどの利益を着実にあげ、損失につながるリスクを冒している気配はおろか、巨大な親会社に被害を及ぼすような気配も全く感じられなかった。様々な国・業種に及ぶ多数の投資適格企業が同時に債務不履行に陥るとは考え難い。そういうローン・プールを保証するのが、AIG・FPの扱うCDSだったので、好業績をあげるのも当然だった。2001年の時点で年間3億ドル、AIGグループの収益の15%を占める部門となった。

しかし、2004年後半以降は、学資ローンや自動車ローンなどの代わりに、もっと大きなサブプライム・モーゲージ・ローンばかりからなる山が築かれた。

 

ゴールドマン・サックスを筆頭とするウォール街の投資銀行がAIG・FPに保証させる“消費者ローン”の山は、サブプライム・モーゲージが2%含まれるものから、95%を占めるものに変わってしまった。

当事者たちはそろいもそろって、それまで10年近く引き受けてきたものとさして変わらないリスクを引き受けるだけで、プレミアムが稼げると考えていたらしい。

すでにその当事者全員が、実質的には世界最大のサブプライム・モーゲージ債所有者になっていた。

トリックスター>

世紀の空売り>

ライアーズ・ポーカー>


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第三章 トリプルBをトリプルAに変える魔術(前編)

 

トリプルBの債券を集めれば、あーら不思議、トリプルAになってしまうCDO。

その暴落への保険、CDSを買うことがサブプライムをショートする方法だった。

 

 

要約

株式市場では市場全体の取引が画面に映し出され、どの企業の株価の動きも常に一目で確認することができる。透明性が高いばかりでなく、当局の目も厳しく光っている。株式市場は、数百万、数千万という小口投資家の目にさらされており、法律が定められ、規制が適用され、少なくとも公正さが感じられる場所だった。

一方で、債券市場の方は、主に大口の機関投資家によって成り立っており、株式市場をはるかにしのぐ規模に発展しながら厳しい規制を免れてきた。債券セールスマンは当局への通報を恐れずに何でも言えたし、何でもできた。

 

 

住宅価格は下がらなくていい

グレッグ・リップマンが、スティーヴ・アイズマンの前に現われ、サブプライム・モーゲージ債市場が下がる方に賭けるトレードを持ちかけてきた。リップマンは、ドイツ銀行に勤めていた凄腕の債券のトレーダーだった。

 

リップマンはややこしい企画書を見せながら熱弁をふるった。

「ここ3年の住宅価格はそれ以前の30年間に比べると急激な上昇を続けていましたが、まだ下落には至っていないものの、すでにその上昇傾向を止まっています。」

さらに話を続けた後、リップマンはこのトレードに惹かれた根拠だと言って自作のチャートをとりだした。

チャートには驚くべき事実が示されていた。2000年以来自宅の価値が1~5%上昇した人々は、10%以上上昇した人々に比べて、住宅ローンを返済できなくなる率が4倍近く高かった。家の値段が劇的に上がっても、それを担保にもっと借金ができるという幸運に恵まれない限り何百万人ものアメリカ人が返済能力を失うということだった。

 

リップマンの売りはそこだった。住宅価格は下落する必要すらなく、空前とも言えるここ数年の急騰が止まりさえすれば膨大な数の住宅所有者が債務不履行に陥るだろう。

 

アイズマンがこの話を聞いた時に頭に浮かんだのは幾つかの質問だけだった。

「おたくの会社がこしらえて、その上格付け機関の評価が甘くなるように仕向けた債券なのに、なぜそれがコゲつく方に賭けることを勧めるんです?」

サブプライム・モーゲージ債が下がる方に賭けることに、アイズマンは何の迷いも覚えなかった。

「リップマンがやってきて、サブプライム債をショートして大金が稼げると言ったときには、目の前に裸のスーパーモデルを差し出されたような気分だった。ただ、どうしてリップマンがぼくにやらせたがるのか、その理由がわからなかた。」

その疑問はのちに解け、アイズマンの想像以上に興味深い理由だったことが判明する。

 

 

トリプルAの保険会社

バーリの賭けの相手は、トリプルAの保険会社AIG – 厳密に言えばAIGの一部門である、AIG・FP(ファイナンシャル・プロダクツ) – だった。

その企業に求められる条件は銀行ではないこと、つまり、銀行規制の対象にならず、高リスク資産に対して準備金を保有せずに済むことと、見慣れないリスクをバランスシートに吸収する意思と力があることだ。例えば、誰にも公表することなく1,000億ドル分のサブプライム・モーゲージ・ローンに保険を掛ける力が必要だった。それがAIGでなくてはならない理由はなかったがたまたま先陣を切ったのがAIGだったというだけの話だ。

 

初めの15年間、AIG・FPは驚くほどの利益を着実にあげ、損失につながるリスクを冒している気配はおろか、巨大な親会社に被害を及ぼすような気配も全く感じられなかった。様々な国・業種に及ぶ多数の投資適格企業が同時に債務不履行に陥るとは考え難い。そういうローン・プールを保証するのが、AIG・FPの扱うCDSだったので、好業績をあげるのも当然だった。2001年の時点で年間3億ドル、AIGグループの収益の15%を占める部門となった。

しかし、2004年後半以降は、学資ローンや自動車ローンなどの代わりに、もっと大きなサブプライム・モーゲージ・ローンばかりからなる山が築かれた。

 

ゴールドマン・サックスを筆頭とするウォール街の投資銀行がAIG・FPに保証させる“消費者ローン”の山は、サブプライム・モーゲージが2%含まれるものから、95%を占めるものに変わってしまった。

当事者たちはそろいもそろって、それまで10年近く引き受けてきたものとさして変わらないリスクを引き受けるだけで、プレミアムが稼げると考えていたらしい。

すでにその当事者全員が、実質的には世界最大のサブプライム・モーゲージ債所有者になっていた。