資産運用 Lab.

第二章 隻眼の相場師(後編)

 

要約

 

CDSを買う

サブプライム・モーゲージ債の大きな山に掛けられた保険を買うにあたって、バーリにまず必要だったのは、標準的で客観性のある契約書を作成することだった。

 

国際スワップ・デリバティブ協会(ISDA)という組織が、新型証券に関する契約条件の定型化を行っていた。ISDAは既に一群の規則を設定して、社債に対するCDSの統制に努めていたが、モーゲージ・プールに掛けられた保険を買うとなると話はより複雑だった。

 

なぜならそのプールが一斉に債務不履行に陥るわけではなく、ここの住宅所有者が一人ずつ債務不履行に陥るからだった。

それを解決したのが“賦課方式”のCDSで、プール全体がダメになった場合でも、一度に償還を受けることはなく、債務不履行に陥る住宅所有者の数に合わせて、徐々に償還を受けることになった。

 

2005年5月、マイケル・バーリは初めてサブプライム・モーゲージの取引を行った。締めて、6,000万ドルのCDSを購入した。

バーリは全精力を傾けて保険を掛けるにふさわしい債券を探した。

やっていたこと自体は、深かしながらの銀行家が、本来ならローンを組むに前に行っていた信用分析の作業と同じだったが、立場は正反対で、“最悪”のローンを探し続けていた。

 

保険の価格を決めるのは、客観的な分析ではなく、格付け機関のムーディズとS&Pによるランキングだった。

 

同ランクのトラッシュに属する債券同士であっても、内容は大きく異なっていた。

バーリは最低最悪の債券を選び出しつつも、それが投資銀行側に勘付かれて保険料が吊り上げられやしないかと危惧していた。

 

しかし、投資銀行は一切そんなことを気にすることもなく、膨大な劣等モーゲージ債のリストを送りつけてきた。

バーリは、最低レベルの債券に掛ける保険を、最高レベルの債券に掛ける金額と同じ値段で購入することができた。

7月末までには、バーリは7.5億ドル分のCDSを所有するに至っていた。

 

しかし、バーリの顧客の投資家たちは、バーリの株を選ぶ目には信頼を寄せていたものの、マクロ経済の大きな流れを予見する能力に関しては、疑いの目を向けていた。

顧客の中には、バーリに資金を託したのは株を選んでもらうためで、モーゲージ債のクズ拾いをさせるためではないと腹を立てる者もいた。

 

 

出資者と論争を始める

バーリはうかつにも、自らが最も苦手としていた投資家たちとの論争を始めてしまったのだった。

「観念論を戦わせるのが大嫌いなのは、そうすると自分がその観念の“擁護者”となってしまい、それが思考過程に影響を及ぼすからです。」とバーリは言った。

 

バーリにとっては、このCDSの件も大きく見ればバリュー探求の一環に過ぎなかった。

「人は2,3年の間のプラスマイナス5%の範囲内ではしゃいだり落ち込んだりしがちです。しかし、本当の問題は10年という長い目で見て、誰が年率10%以上の利回りを稼げるかということでしょう。わたしは年率でそれだけの儲けを達成するには、2,3年後より向こうを見渡せる力がなくてはならないと、固く信じています。たとえみなさんから不満の声を浴びようとも、基礎的条件(ファンダメンタルズ)の告げる道筋を踏み外すわけにはいかないのです」とも続けている。

 

 

市場が動き始める

不思議なことに、顧客投資家たちの抵抗が強まるのと時期を同じくして、ウォール街の人間たちが、マイケル・バーリの動きに羨望のまなざしを注ぎ始めた。

 

2005年10月下旬、ゴールドマン・サックスのあるトレーダーが電話をかけてきて、なぜサブプライム・モーゲージ債のCDSを買い集めるのかと尋ねてきた。

11月にはドイツ銀行のサブプライム担当筆頭トレーダーであるグレッグ・リップマンから5月に売った6,000万ドルのCDSを買い戻したいと言った。

3日後にはゴールドマン・サックスからも連絡があり、また、バーリのCDSを買いたがった。

バンク・オブ・アメリカに問い合わせのメールを送ってみると、CDSをもっと売る気はないという返事が来た。

モルガン・スタンレーもバーリの持っているCDSを買いたがっていた。

 

これだけの投資銀行が揃って躍起になってモーゲージ債に掛けられた保険を買おうとしているのか、具体的なきっかけはわからなかったが、明確な理由として、それらの住宅ローンが急速に驚異的な率で焦げ付きだしていた。

 

ある朝《ウォール・ストリート・ジャーナル》を開いたバーリはある記事に目を留めた。

新型の変動金利住宅ローンが登場してから9ヶ月の間に前例のない率で急速に債務不履行に陥っているという内容の記事だった。

 

世界は変わろうとしている。

ウォール街のトレーダーのほぼ全員が大金を失いかけていた。

 

トリックスター>

世紀の空売り>

ライアーズ・ポーカー>


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第二章 隻眼の相場師(後編)

 

要約

 

CDSを買う

サブプライム・モーゲージ債の大きな山に掛けられた保険を買うにあたって、バーリにまず必要だったのは、標準的で客観性のある契約書を作成することだった。

 

国際スワップ・デリバティブ協会(ISDA)という組織が、新型証券に関する契約条件の定型化を行っていた。ISDAは既に一群の規則を設定して、社債に対するCDSの統制に努めていたが、モーゲージ・プールに掛けられた保険を買うとなると話はより複雑だった。

 

なぜならそのプールが一斉に債務不履行に陥るわけではなく、ここの住宅所有者が一人ずつ債務不履行に陥るからだった。

それを解決したのが“賦課方式”のCDSで、プール全体がダメになった場合でも、一度に償還を受けることはなく、債務不履行に陥る住宅所有者の数に合わせて、徐々に償還を受けることになった。

 

2005年5月、マイケル・バーリは初めてサブプライム・モーゲージの取引を行った。締めて、6,000万ドルのCDSを購入した。

バーリは全精力を傾けて保険を掛けるにふさわしい債券を探した。

やっていたこと自体は、深かしながらの銀行家が、本来ならローンを組むに前に行っていた信用分析の作業と同じだったが、立場は正反対で、“最悪”のローンを探し続けていた。

 

保険の価格を決めるのは、客観的な分析ではなく、格付け機関のムーディズとS&Pによるランキングだった。

 

同ランクのトラッシュに属する債券同士であっても、内容は大きく異なっていた。

バーリは最低最悪の債券を選び出しつつも、それが投資銀行側に勘付かれて保険料が吊り上げられやしないかと危惧していた。

 

しかし、投資銀行は一切そんなことを気にすることもなく、膨大な劣等モーゲージ債のリストを送りつけてきた。

バーリは、最低レベルの債券に掛ける保険を、最高レベルの債券に掛ける金額と同じ値段で購入することができた。

7月末までには、バーリは7.5億ドル分のCDSを所有するに至っていた。

 

しかし、バーリの顧客の投資家たちは、バーリの株を選ぶ目には信頼を寄せていたものの、マクロ経済の大きな流れを予見する能力に関しては、疑いの目を向けていた。

顧客の中には、バーリに資金を託したのは株を選んでもらうためで、モーゲージ債のクズ拾いをさせるためではないと腹を立てる者もいた。

 

 

出資者と論争を始める

バーリはうかつにも、自らが最も苦手としていた投資家たちとの論争を始めてしまったのだった。

「観念論を戦わせるのが大嫌いなのは、そうすると自分がその観念の“擁護者”となってしまい、それが思考過程に影響を及ぼすからです。」とバーリは言った。

 

バーリにとっては、このCDSの件も大きく見ればバリュー探求の一環に過ぎなかった。

「人は2,3年の間のプラスマイナス5%の範囲内ではしゃいだり落ち込んだりしがちです。しかし、本当の問題は10年という長い目で見て、誰が年率10%以上の利回りを稼げるかということでしょう。わたしは年率でそれだけの儲けを達成するには、2,3年後より向こうを見渡せる力がなくてはならないと、固く信じています。たとえみなさんから不満の声を浴びようとも、基礎的条件(ファンダメンタルズ)の告げる道筋を踏み外すわけにはいかないのです」とも続けている。

 

 

市場が動き始める

不思議なことに、顧客投資家たちの抵抗が強まるのと時期を同じくして、ウォール街の人間たちが、マイケル・バーリの動きに羨望のまなざしを注ぎ始めた。

 

2005年10月下旬、ゴールドマン・サックスのあるトレーダーが電話をかけてきて、なぜサブプライム・モーゲージ債のCDSを買い集めるのかと尋ねてきた。

11月にはドイツ銀行のサブプライム担当筆頭トレーダーであるグレッグ・リップマンから5月に売った6,000万ドルのCDSを買い戻したいと言った。

3日後にはゴールドマン・サックスからも連絡があり、また、バーリのCDSを買いたがった。

バンク・オブ・アメリカに問い合わせのメールを送ってみると、CDSをもっと売る気はないという返事が来た。

モルガン・スタンレーもバーリの持っているCDSを買いたがっていた。

 

これだけの投資銀行が揃って躍起になってモーゲージ債に掛けられた保険を買おうとしているのか、具体的なきっかけはわからなかったが、明確な理由として、それらの住宅ローンが急速に驚異的な率で焦げ付きだしていた。

 

ある朝《ウォール・ストリート・ジャーナル》を開いたバーリはある記事に目を留めた。

新型の変動金利住宅ローンが登場してから9ヶ月の間に前例のない率で急速に債務不履行に陥っているという内容の記事だった。

 

世界は変わろうとしている。

ウォール街のトレーダーのほぼ全員が大金を失いかけていた。