資産運用 Lab.

第四章 格付け機関は張り子の虎である(後編)

ウォール街に就職できない人間が格付け機関に就職する。投資銀行にとって彼らの裏をかくことは朝飯前。アイズマンらはそのからくりの究明に着手することに

 

 

要約

 

惨憺たるものだった

マイケル・バーリはローンの構造に焦点を当て、支払不能に陥るように創られたとしか思えないものを見つけてそういうローンの占有率が高いプールに賭けた。サブプライム市場は、本来ウォール街とは縁のないアメリカ一般大衆の信用格付けで“下位”30%未満の人々にローンを組ませていた。

 

この3人組(アイズマン・モーゼズ・ダニエル)は、そもそもモーゲージ・ローンを組む前になされるべき実地型の信用調査分析に近いことをしていた。3人はせっせと各投資銀行のトレーディング・デスクに電話をかけ、サブプライム・モーゲージ債のメニューを請求して、いちばん脆弱な債券を見つけ、いちばん得な保険を買おうと努めた。最も債務不履行の可能性が高そうな住宅ローンに裏付けされた債券には幾つかの特徴があった。

 

第一に、裏付けとなるローンが、ウォール街では“砂の州”と呼ばれるようになったカリフォルニア、フロリダ、ネヴァダ、アリゾナばかりに集中していること。“砂の州”の住宅価格はブームのさなかにいちばん急激に上昇したので、市場が破綻した場合はいちばん速く暴落しそうだった。

第二に、そういうローンが、かなり怪しげなモーゲージ金融業者にとって組まれていること。そういった企業はろくに審査もせず、できるかぎりの速さで住宅購入希望者に金を押し付けていた。

第三に、そういうローンのプールには審査基準の低いローンや無審査ローン、つまり、詐欺色の濃いローンの含まれる率が平均より高いこと。カリフォルニア州ベーカーズフィールドでは、メキシコからイチゴの収穫に来ていた年収14,000ドルで英語の話せない移住労働者が、自宅の購入資金724,000ドルをすべてローンでまかなっていた。

サブプライム・モーゲージの貸借関係では、他にも似たようなことが数多く起こっていて、その元凶は、二大格付け機関のムーディーズとS&Pが、サブプライム・モーゲージ債の評価に欠陥のあるモデルを使っていたことだった。

 

 

格付け機関の内実

モーゲージ債の価格は”格付け”によって変動し、その格付けはムーディーズとS&Pが使うモデルによって決まる。モデルの仕組みは社外秘とされ、ムーディーズもS&Pも不正操作など不可能だと断言している。しかし、そういうモデルに携わる人間が、不正な働きかけに弱いということはウォール街の常識だった。

格付け期間の内部には階級制度があって、サブプライム・モーゲージ債の格付け役は、その中でもさらに陽の当たらない場所にいた。

ウォール街のトレーダー軍団は、格付け機関が個々の住宅ローンを評価しているわけではないこと、へたをすると目も向けていないことを知っていた。格付け機関がモデルを使って見たり評価したりしているのは、ローン・プールの”全体的な”特徴でしかなかった。

その1つがFICO(消費者信用格付け)のスコアの扱い方だ。1950年代にフェア・アイザック・コーポレーション(F・I・Co)という企業が個人の借り手の信用度を測るために考案したことからFICOスコアと呼ばれ、300~850の数値で表され、アメリカにおける中央値は723になる。

格付け機関のよるスコアの使い方はお粗末なものだった。借り手全員のFICOスコア一覧ではなく、ローン・プールの平均FICOしか見ていなかった。格付け機関の基準に合わせトリプルAの債券の割合を最大にするためには、FICOのスコアを615前後にすればよかった。

全員がFICOスコア615前後の借り手だけで構成されたローン・プールの方が、半数がスコア550、半数が680の借り手で構成されたプールより大損を被る確率ははるかに低い。そもそもFICOスコアが550の人間が債務を果たせる望みは無いに等しいのだから、金を貸すべきではないのである。

ところが、格付け機関のモデルには、これらの違いを峻別する能力がないものだから、そういった無理な貸付も可能になる。ローンを踏み倒しそうな借り手がいたら、埋め合わせにスコア680の借り手を1人見つけ出して、平均を615にしてしまえば基準は満たせた。

FICOスコアの高い借り手もすぐに見つけることができた。クレジットカード・ローンを借りてそれを即座に返済すればスコアを上げることができた。元々借金をしたことが無い移住労働者たちを見つけ出せば、彼らは返済不能や遅延の履歴を持っていない。そもそもローンを組んだことがないからなのだが、彼らのFICOスコアも高くなった。

こうしてイチゴ摘みメキシコ人のFICOスコアをウォール街が収穫していった。

 

 

サブプライム・モーゲージ全国大会

2006年の夏の後半、アイズマンたちはそういうことを何一つ知らなかったが、ウォール街の投資銀行がもっぱら格付け機関のモデルの裏をかいていることだけは理解していた。

サブプライム・モーゲージ債は例外なく格付け機関による格付けをもとに価格が設定されていた。トリプルAのトランシュはすべて同一価格でトレードされ、トリプルBのトランシュも別の同一価格でトレードされた。トリプルBのトランシュ同士でも、中身には重要な違いがあるというのに…

格付け機関がどう操られたのか、アイズマンにはわからなかった。

ヴィンセント・ダニエルとダニー・モーゼズはオーランドに飛び、サブプライム・モーゲージ全国大会とでも呼ぶべき集まりに出席した。会にはサブプライム・モーゲージをオリジネートする業者、パッケージして販売するウォール街の投資銀行、格付け機関、弁護士などの面々が出席していた。

それが格付け機関と直に接する初めての機会にもなった。

オーランドのリッツカールトン・ホテルの小さな部屋で、ふたりはムーディーズとS&P、双方の人間に会った。

すでに2人はサブプライム市場が信用度の分析という作業を“ずぶの素人”に託してしまったのではないかと疑っていた。その日に仕入れた知識はどれ一つその疑念を薄めるものではなかった。

 

「すばらしい女性でした」と、モーゼズ。

「何しろ、こちらの狙いに一切勘づいてませんでしたから」

二人はオーランドからアイズマンに電話をかけて、この業界の腐りようはどんな想像も超えていると伝えた。

 

 

トリックスター>

世紀の空売り>

ライアーズ・ポーカー>


資産運用 Lab.

第四章 格付け機関は張り子の虎である(後編)

ウォール街に就職できない人間が格付け機関に就職する。投資銀行にとって彼らの裏をかくことは朝飯前。アイズマンらはそのからくりの究明に着手することに

 

 

要約

 

惨憺たるものだった

マイケル・バーリはローンの構造に焦点を当て、支払不能に陥るように創られたとしか思えないものを見つけてそういうローンの占有率が高いプールに賭けた。サブプライム市場は、本来ウォール街とは縁のないアメリカ一般大衆の信用格付けで“下位”30%未満の人々にローンを組ませていた。

 

この3人組(アイズマン・モーゼズ・ダニエル)は、そもそもモーゲージ・ローンを組む前になされるべき実地型の信用調査分析に近いことをしていた。3人はせっせと各投資銀行のトレーディング・デスクに電話をかけ、サブプライム・モーゲージ債のメニューを請求して、いちばん脆弱な債券を見つけ、いちばん得な保険を買おうと努めた。最も債務不履行の可能性が高そうな住宅ローンに裏付けされた債券には幾つかの特徴があった。

 

第一に、裏付けとなるローンが、ウォール街では“砂の州”と呼ばれるようになったカリフォルニア、フロリダ、ネヴァダ、アリゾナばかりに集中していること。“砂の州”の住宅価格はブームのさなかにいちばん急激に上昇したので、市場が破綻した場合はいちばん速く暴落しそうだった。

第二に、そういうローンが、かなり怪しげなモーゲージ金融業者にとって組まれていること。そういった企業はろくに審査もせず、できるかぎりの速さで住宅購入希望者に金を押し付けていた。

第三に、そういうローンのプールには審査基準の低いローンや無審査ローン、つまり、詐欺色の濃いローンの含まれる率が平均より高いこと。カリフォルニア州ベーカーズフィールドでは、メキシコからイチゴの収穫に来ていた年収14,000ドルで英語の話せない移住労働者が、自宅の購入資金724,000ドルをすべてローンでまかなっていた。

サブプライム・モーゲージの貸借関係では、他にも似たようなことが数多く起こっていて、その元凶は、二大格付け機関のムーディーズとS&Pが、サブプライム・モーゲージ債の評価に欠陥のあるモデルを使っていたことだった。

 

 

格付け機関の内実

モーゲージ債の価格は”格付け”によって変動し、その格付けはムーディーズとS&Pが使うモデルによって決まる。モデルの仕組みは社外秘とされ、ムーディーズもS&Pも不正操作など不可能だと断言している。しかし、そういうモデルに携わる人間が、不正な働きかけに弱いということはウォール街の常識だった。

格付け期間の内部には階級制度があって、サブプライム・モーゲージ債の格付け役は、その中でもさらに陽の当たらない場所にいた。

ウォール街のトレーダー軍団は、格付け機関が個々の住宅ローンを評価しているわけではないこと、へたをすると目も向けていないことを知っていた。格付け機関がモデルを使って見たり評価したりしているのは、ローン・プールの”全体的な”特徴でしかなかった。

その1つがFICO(消費者信用格付け)のスコアの扱い方だ。1950年代にフェア・アイザック・コーポレーション(F・I・Co)という企業が個人の借り手の信用度を測るために考案したことからFICOスコアと呼ばれ、300~850の数値で表され、アメリカにおける中央値は723になる。

格付け機関のよるスコアの使い方はお粗末なものだった。借り手全員のFICOスコア一覧ではなく、ローン・プールの平均FICOしか見ていなかった。格付け機関の基準に合わせトリプルAの債券の割合を最大にするためには、FICOのスコアを615前後にすればよかった。

全員がFICOスコア615前後の借り手だけで構成されたローン・プールの方が、半数がスコア550、半数が680の借り手で構成されたプールより大損を被る確率ははるかに低い。そもそもFICOスコアが550の人間が債務を果たせる望みは無いに等しいのだから、金を貸すべきではないのである。

ところが、格付け機関のモデルには、これらの違いを峻別する能力がないものだから、そういった無理な貸付も可能になる。ローンを踏み倒しそうな借り手がいたら、埋め合わせにスコア680の借り手を1人見つけ出して、平均を615にしてしまえば基準は満たせた。

FICOスコアの高い借り手もすぐに見つけることができた。クレジットカード・ローンを借りてそれを即座に返済すればスコアを上げることができた。元々借金をしたことが無い移住労働者たちを見つけ出せば、彼らは返済不能や遅延の履歴を持っていない。そもそもローンを組んだことがないからなのだが、彼らのFICOスコアも高くなった。

こうしてイチゴ摘みメキシコ人のFICOスコアをウォール街が収穫していった。

 

 

サブプライム・モーゲージ全国大会

2006年の夏の後半、アイズマンたちはそういうことを何一つ知らなかったが、ウォール街の投資銀行がもっぱら格付け機関のモデルの裏をかいていることだけは理解していた。

サブプライム・モーゲージ債は例外なく格付け機関による格付けをもとに価格が設定されていた。トリプルAのトランシュはすべて同一価格でトレードされ、トリプルBのトランシュも別の同一価格でトレードされた。トリプルBのトランシュ同士でも、中身には重要な違いがあるというのに…

格付け機関がどう操られたのか、アイズマンにはわからなかった。

ヴィンセント・ダニエルとダニー・モーゼズはオーランドに飛び、サブプライム・モーゲージ全国大会とでも呼ぶべき集まりに出席した。会にはサブプライム・モーゲージをオリジネートする業者、パッケージして販売するウォール街の投資銀行、格付け機関、弁護士などの面々が出席していた。

それが格付け機関と直に接する初めての機会にもなった。

オーランドのリッツカールトン・ホテルの小さな部屋で、ふたりはムーディーズとS&P、双方の人間に会った。

すでに2人はサブプライム市場が信用度の分析という作業を“ずぶの素人”に託してしまったのではないかと疑っていた。その日に仕入れた知識はどれ一つその疑念を薄めるものではなかった。

 

「すばらしい女性でした」と、モーゼズ。

「何しろ、こちらの狙いに一切勘づいてませんでしたから」

二人はオーランドからアイズマンに電話をかけて、この業界の腐りようはどんな想像も超えていると伝えた。