資産運用 Lab.
3. 社風を愛することを学ぶ
要約
ウォール街は株券や債券が行き来する通りだ。70年代終盤、アメリカの超放任政策と金融新時代の幕開けにあたって、債券のことをどの会社よりも良く知っていたのがソロモン・ブラザーズだった。
事実上、ソロモンが債券市場全体を支配しているようなものだったが、他の会社が独占に手をこまねいていたのは、利益の面でも、信用の面でも、債券取引がさほどうまみのある業務ではなかったからだ。
利益を上げるには、企業のために株を売って資本金を書き集めればよかった。信用を高めるには、企業のCEO(経営責任者)の知り合いを増やせばよかった。ソロモンは、社会的にも、財政的にも、かやの外に置かれていたわけだ。
しかし、1985年にソロモンは社員一人当たりの収益で世界一におどり出た。少なくともぼくは繰り返しそう聞かされた。一見してなるほどと思えたのでわざわざ確認しようとは考えなかった。ウォール街は沸き立っていた。そして、ソロモンはウォール街で一番の収益をあげていた。
債券トレーダーについての最大の神話、つまり80年代におけるウォール街の爆発的な繁栄についての最大の誤解は、彼らが大きなリスクを冒して大金を稼いだという通念だろう。実際にそうした人間は少ない。
ほとんどのトレーダーは売買を仲介して手数料を取るだけの役に徹している。
例えばソロモンのセールスマンが、5,000万ドル相当のIBMの新発行債券をXという年金基金に売ったとする。セールスマンにその債券を供給したソロモンのトレーダーは、販売額の0.125%、62,500ドルを手にする。正当な報酬だ。
そして、ここからが面白い。IBM債の所在地と持ち主の気質を頭に入れてしまえば、飛び抜けて頭の回転の速いトレーダーでなくとも、その債券をもう一度転がすくらいの知恵は働くのだ。
配下のセールスマンのひとりをYという保険会社に差し向け、IBM債には年金基金Xが支払った額以上の価値があること納得させる。
それが真実かどうかは二の次だ。トレーダーはXから買い戻した債券をYに売って、また0.125%稼ぎ、年金基金のほうも短期間にささやかな利益を上げて喜ぶ。
この過程で、売る側と買う側の両方が債券の値打ちを知らないとしたら大助かりだ。どんな市場にもポーカーのゲームと同様、だまされ役がいるものだ。鋭敏な投資家ウォーレン・バフェットの好んだ言い回しを借りると、「市場のだまされ役の存在に気づかないプレーヤーこそ、その市場のだまされ役だ」ということになる。
債券市場が長い休眠状態から覚めた1980年には、多くの投資家が、そしてウォール街の銀行筋までもが、誰が新しいゲームのだまされ役なのか、見当もつかないありさまだった。
ソロモンの債券トレーダーたちは、それを仕事にしているだけあって、だまされ役を知っていた。債券を本来の価値より安く売ったり高く買ったりする人間を、彼らはだまされ役と呼ぶ。債券の価値とは、それを正当に評価できる人間が納得して支払う額のことだ。そして、ソロモンは債券を正当に評価できる会社だった。これでぼろ儲けのサイクルが完成する。
しかし、これだけではソロモン・ブラザーズが特に80年代に高収益をあげた理由の説明としては不十分だろう。取引自体がなければ利益をあげることはできないからだ。
きっかけを作ってくれたひとりは連邦準備制度理事会(FRB)だった。1979年の記者会見で、連邦準備制度理事会は通貨供給を景気の循環と連動させない方針を明らかにした。貨幣の供給量を固定し、金利を変動させるというのだ。
これこそ、債券マンの黄金時代の幕あけを告げる事件だった、とぼくは思う。この過激な政策転換がなければ世の債券トレーダーたちはいまだに不遇をかこっていたことだろう。実際にはこの金融政策の変化は金利の激変を意味する。債券価格は金利と完全に反転した動きをとるので、金利が激変すれば、債券価格も逆向きに激変するわけだ。
会見前は、債券は無難な投資手段であり、投資家は株式市場の危険な波にさらされたくない資金をこの安全な市場に預けた。ところが、会見後、債券は投機の対象となり、単なる貯蓄よりは資産作りの手段となった。債券市場は一夜にして、ひなびた保養地からカジノに姿を変えたのだ。
ソロモン・ブラザーズの研修授業は、マンハッタンの南東端にある本社ビルの23階で行われた。ソロモンの有力幹部たちは、研修プログラムによってぼくらが彼らに似てくることを当て込んでいた。
彼らに似るとはどういうことか?創業以来のほとんどの期間、ソロモンは大きなリスクを負う力と意思を持つ戦闘的な債券取引業者として名を馳せてきた。例えばモルガン・スタンレーのような上品なキリスト教的団体とは違って、金離れのいい法人顧客リストをもたないので、収益を上げるにはあぶない橋を渡るしかなかったのだ。
世間一般がソロモンに対して抱いていたイメージといえば、排他的なユダヤ人の集まりで、社会的地位は低く、抜け目ないけれど正直で、他社ならひるみそうな深さまで債券市場に足を突っ込んでいる会社、というようなところだろう。もちろん、これは戯画化した見方だが、かつてのこの会社の雰囲気をおおまかにはつかんでいる。
ソロモンの研修プログラムがウォール街での職業生活の幕開けとして最高の内容を誇っていたことは間違いない。授業はもちろんだが、今思い返すと、ほんとうに身になったのはソロモンの口承文芸ともいうべき業界内の戦争秘話だった。
第一線のトレーダーやセールスマンや金融専門員が自分たちの体験を研修生に語るのだ。実践的な知恵が、粗削りな形で教室を行き交った。カネはどうやって世界を回るか、トレーダーは何を感じどうふるまうべきか、顧客とどういうおしゃべりをすればいいか・・・。
研修の間はずっと、ひそかな至上命令の網が張り巡らされている。研修生をソロモン化すべし。研修生は、まず第一に、自分たちがソロモン・ブラザーズ社内において海底のクジラの糞よりも下層に位置すること、第二に、他社の待遇に比べればソロモン・ブラザーズのクジラの糞の下はかぐわしい花園のようなものであることを教え込まれる。短期的にはこの洗脳はほぼ成功を収めたと言っていい(長い目で見るとそうはいかないが)。
授業が終わると毎日、3時か4時か5時ごろに、ぼくらは23階の研修室から41階のトレーディング・フロアへ移動させられた。そして、自分の面倒を見てくれそうな取締役、つまりは師匠を求めて、フロアを巡り歩く。ただ残念ながら、事は容易ではない。
第一に、研修生に教えても、教師の側には何の得もない。第二に、トレーディング・フロアは地雷原のような場所で、柄が大きく気が短い男たちが、息を吹きかけられただけでも爆発しようと待ち構えている。近づいて行って、気軽に挨拶できる雰囲気ではない。
というより、それは失礼に当たる。大半のトレーダーは上品な気質の持ち主なので、挨拶しても無視されるだけだろう。しかし、たまたま足が地雷を踏んでしまうと、次のような会話が交わされることになる。
ぼく「こんにちは。」
トレーダー「どこの石の下から這い出してきたんだ?おい、ジョー、おい、ボブ、こいつのサスペンダーを見ろ。」
ぼく「二、三お尋ねしたかっただけなんですが。」
ジョー「このおにいさん、何様のつもりなんだ?」
トレーダー「ジョー、こいつにちょっとテストをしてみよう!金利が上がると、債券価格はどうなる?」
ぼく「下がります。」
トレーダー「すばらしい。Aをやるよ。さて、おれは仕事だ。」
ぼく「いつでしたら、お時間が―」
トレーダー「この仕事をなんだと思ってるんだ?慈善事業か?時間なんてあくわけがないだろう。」
ぼく「何か、お手伝いできることがありますか?」
トレーダー「ハンバーガーを一個持ってきてくれ。ケチャップもつけてな。」
補足情報
連邦準備制度理事会(FRB)
連邦準備制度理事会はアメリカの中央銀行制度である連邦準備制度の最高意思決定機関です。金融政策の樹立とその遂行を監視します。理事会は上院の承認を得た7人の理事によって組織され、議長は大統領によって任命されます。
任期は14年で、理事の中から議長・副議長が4年の任期で任命されます。