資産運用 Lab.

4. 成人教育

要約

 

4週間が過ぎた。クラスには権利意識が浸透してきた。研修生として譲り渡せない第一の権利は、朝席に着く前にだらだらと時間をつぶすことだ。

食堂で買ってきたベーグルを持ち込んで朝食をすませる者。『ニューヨーク・ポスト』を読み、その晩のスポーツの試合で賭けをする者。

誰かが市内の安っぽいポルノテープ・サービスに電話をかけ、受話器を教壇のスピーカーにつなげる。みだらな会話が教室に流れる。

 

「ふざけるのは止めて下さい、皆さん」

プログラムの子守役であるスーザン・ジェームスが入ってきた。

「もうすぐジム・マッシーがここに来ます。このクラスはすでに随分評判を落としてますからね。」

 

それはほんとうだった。ジム・マッシーは30分ほどの時間を割いて教壇に立つが、そのときに彼が受けた印象次第で、ぼくらの退職するか死ぬまでの待遇(つまりは給料!)が大きく変わることになるだろう。

スーザン・ジェームスは10回ほどもそういう意味のことを繰り返した。

研修生たちはジム・マッシーをジョン・グッドフレンドの首切り代行人だと思っていた。アメリカの企業にはボスの代わりに嫌われ役を引き受ける奇妙な役どころがあるのだ。

 

正式な身分はソロモン・ブラザーズの執行委員会の一員で、セールスを担当しているがぼくらの未来をもその手に握っている。彼の考え一つで研修生をニューヨークからアトランタへ飛ばすことができるのだ。

研修生たちはマッシ―を恐れた。彼の方もまた、恐れられるのを好んでいる節があった。

 

表向きは会社のことについて僕らの質問に答えに来るのだった。ぼくらは研修に入って数週間にしかならない。当然、聞きたいことは色々あるはずだ。というより、無理にでも質問をこしらえなくてはならない。

精一杯、好奇心のあることを示すことだ、とスーザンも言う。

「それに、どうせならいい質問をすることね。評価が固まりかけていることを忘れないで」

という具合にらっぱが鳴り響き、いよいよ会長直属の風紀係のおでましとなった。

 

彼の話の要点は、ソロモン・ブラザーズの社風がいかに非凡で風変わりなものかを強調することにあった。しかし、彼が質問を求めると場内は沈黙した。ぼくらは口もきけないほどおびえていたのだ。

 

ぼくももちろん何も言う気はなかった。これから数年で自分はいったいどれだけ稼げるのかといったことや、ソロモンの拡張政策の無謀さ(研修生の目から見ても明らかだった)に不安を覚えないのかといった本当にみんなが知りたがっていることを尋ねる者もいなかった。

 

前列のぼくの隣には、もどかしげな乳母と言った表情でスーザン・ジェームスが座っていた。<お願いだから、あなたたち、質問をしてよ>

ようやく、ぼくの右側の席で、ひとりの手が上がった。そいつの顔を見て、ぼくは目をつぶり、気恥ずかしい思いをする準備を整えた。そいつは期待を裏切らなかった。

「おうかがいしたいんですが、社としては東ヨーロッパに支社を開く考えはないんでしょうか?例えば、プラハとか」

プラハ!講師がマッシ―ほどの大物でなかったら、紙つぶてと野次が飛び交うところだが、この日は十数人の若い男が嘲笑をぐっとのみ込むような異様な音が、後列から聞こえただけだった。

 

マッシ―が去って一か月ほどの間、彼と同格以上の幹部が研修プログラムに顔を出すことはなかった。

ぼくらがこのゲームにあまり長じていないことを、彼が重役会に知らせたのかもしれない。

ところがやがて、突然に、しかも立て続けに、ぼくらは執行委員会の大物を迎えることになった。

デール・ホロウィッツを、そして、会長御自らを。

 

 

トリックスター>

世紀の空売り>

ライアーズ・ポーカー>


資産運用 Lab.

4. 成人教育

要約

 

4週間が過ぎた。クラスには権利意識が浸透してきた。研修生として譲り渡せない第一の権利は、朝席に着く前にだらだらと時間をつぶすことだ。

食堂で買ってきたベーグルを持ち込んで朝食をすませる者。『ニューヨーク・ポスト』を読み、その晩のスポーツの試合で賭けをする者。

誰かが市内の安っぽいポルノテープ・サービスに電話をかけ、受話器を教壇のスピーカーにつなげる。みだらな会話が教室に流れる。

 

「ふざけるのは止めて下さい、皆さん」

プログラムの子守役であるスーザン・ジェームスが入ってきた。

「もうすぐジム・マッシーがここに来ます。このクラスはすでに随分評判を落としてますからね。」

 

それはほんとうだった。ジム・マッシーは30分ほどの時間を割いて教壇に立つが、そのときに彼が受けた印象次第で、ぼくらの退職するか死ぬまでの待遇(つまりは給料!)が大きく変わることになるだろう。

スーザン・ジェームスは10回ほどもそういう意味のことを繰り返した。

研修生たちはジム・マッシーをジョン・グッドフレンドの首切り代行人だと思っていた。アメリカの企業にはボスの代わりに嫌われ役を引き受ける奇妙な役どころがあるのだ。

 

正式な身分はソロモン・ブラザーズの執行委員会の一員で、セールスを担当しているがぼくらの未来をもその手に握っている。彼の考え一つで研修生をニューヨークからアトランタへ飛ばすことができるのだ。

研修生たちはマッシ―を恐れた。彼の方もまた、恐れられるのを好んでいる節があった。

 

表向きは会社のことについて僕らの質問に答えに来るのだった。ぼくらは研修に入って数週間にしかならない。当然、聞きたいことは色々あるはずだ。というより、無理にでも質問をこしらえなくてはならない。

精一杯、好奇心のあることを示すことだ、とスーザンも言う。

「それに、どうせならいい質問をすることね。評価が固まりかけていることを忘れないで」

という具合にらっぱが鳴り響き、いよいよ会長直属の風紀係のおでましとなった。

 

彼の話の要点は、ソロモン・ブラザーズの社風がいかに非凡で風変わりなものかを強調することにあった。しかし、彼が質問を求めると場内は沈黙した。ぼくらは口もきけないほどおびえていたのだ。

 

ぼくももちろん何も言う気はなかった。これから数年で自分はいったいどれだけ稼げるのかといったことや、ソロモンの拡張政策の無謀さ(研修生の目から見ても明らかだった)に不安を覚えないのかといった本当にみんなが知りたがっていることを尋ねる者もいなかった。

 

前列のぼくの隣には、もどかしげな乳母と言った表情でスーザン・ジェームスが座っていた。<お願いだから、あなたたち、質問をしてよ>

ようやく、ぼくの右側の席で、ひとりの手が上がった。そいつの顔を見て、ぼくは目をつぶり、気恥ずかしい思いをする準備を整えた。そいつは期待を裏切らなかった。

「おうかがいしたいんですが、社としては東ヨーロッパに支社を開く考えはないんでしょうか?例えば、プラハとか」

プラハ!講師がマッシ―ほどの大物でなかったら、紙つぶてと野次が飛び交うところだが、この日は十数人の若い男が嘲笑をぐっとのみ込むような異様な音が、後列から聞こえただけだった。

 

マッシ―が去って一か月ほどの間、彼と同格以上の幹部が研修プログラムに顔を出すことはなかった。

ぼくらがこのゲームにあまり長じていないことを、彼が重役会に知らせたのかもしれない。

ところがやがて、突然に、しかも立て続けに、ぼくらは執行委員会の大物を迎えることになった。

デール・ホロウィッツを、そして、会長御自らを。