資産運用 Lab.

6. 肥満軍団と打ち出の小槌

要約

1981年10月、それまで暗雲立ち込めていたモーゲージの取引デスクに突如として光が差し始めた。アメリカ中のS&Lの責任者が、電話の向こうから切羽詰まった声を出し、ソロモンのモーゲージ・トレーダーと話をしたがった。手持ちのローンを売ろうと躍起になっているのだ。当初は誰にもその理由が分からなかった。

何が起こったのか?1979年10月に連邦準備制度理事会(FRB)が金利を上げて以来、S&L(貯蓄貸付組合)は出血多量の状態に陥った。預金に対して14%の利子を支払い、古い住宅ローンから5%の利益を得るといったようなビジネスをせざるを得ない状況に追い込まれていたのだ。

何の対策も講じられなければ、全部のS&Lが倒産してしまうのではないかと思われた時期もあった。そこで、1981年9月30日、議会は愛しい貯蓄業界のために気前のいい租税特別措置法案を可決した。

 

この措置のおかげで、S&Lは手持ちのモーゲージ・ローンをすべて売り、それで得た現金をもっと高利回りの投資に回すことができるようになった。よその組合が放出した安いローンを購入する形が多く、結果的に組合同士でただローンをやり取りするだけということになる。

この措置は売却の際の大きな損失(もともと額面通り、すなわち1ドル当たり100セントで組んだローンを65セントで売るのだ)も帳消しにすることができた。新しい会計基準では、損失額を貸付期間に応じて割賦償却していいことになっていた。例えば30年ローンを額面より35%安く売却した場合、1年目の損失として35/30、つまり1%強を計上すればいい。

しかし、それにも増して好都合なのは、その損失分が、過去10年間に支払った税金から繰り戻されることだ。損失が計上されると国税庁は古い税金をS&Lに還付する。S&Lとしては焦げ付きそうなローンを売り払うだけで、昔納めた税金が戻ってくる。彼らが競って抵当権を売りたがった理由はそこにあった。

 

この租税特別措置はウォール街のほうから働きかけたものではなく、実際ラニエーリ一家のトレーダーたちも、波が襲ってくるまで立法化のことを知らなかった。とはいえ、議会からウォール街に巨額の助成金が贈られたも同然だ。

ありがたくも根強きは、母の愛と持ち家志向!合衆国議会はラニエーリ一家を救った。利益を全く上げられず社内のあざけりの的にされていた時代は終わったのだ。

いわゆるスマートな投資銀行家とは一線を画した肥満軍団とも呼べるラニエーリ一家、ウォール街でただひとつの本格的モーゲージ部門は、もはや会社の鼻つまみ者でもお荷物でもない。急成長市場の堂々たる専制君主なのだ。

 

売りたくて必死になっている客は弱い立場に置かれる。いくらで売れるかより、いつ売れるかを気にかけているからだ。S&Lの会頭たちもそういう種類の客だった。彼らの無知がそれに拍車をかけた。

 

モーゲージ部門のあるトレーダーは会頭との電話でのやり取りを楽しげに振り返る。

「あちらさんは、1億ドル分の30年ローン(同じ金利のもの)を売って、そのカネで1億ドル分のほかのローンを買いたがっていた。おれは1ドル当たり75セントで買い入れて、85で売ってやると言ったよ」

 

その数字に会頭は頭をかいた。売りに出すローンと買いたいローンはほぼ同じ値打ちのものなのに、それだけの差額をつけられたら、1千万ドルの売買手数料をソロモン・ブラザーズから請求されていることになる。

 

会頭は言った。

「あまりいい取引とは思えんね」

トレーダーは心得たセリフで切り返した。

「経済的に見りゃいい取引じゃないでしょう。だけど、こう考えたらどうです。条件をのまなきゃ、あんたは失業するってね」

 

 

1981年10月は、資本市場の歴史の中で最もでたらめな月だった。

 

トリックスター>

世紀の空売り>

ライアーズ・ポーカー>


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6. 肥満軍団と打ち出の小槌

要約

1981年10月、それまで暗雲立ち込めていたモーゲージの取引デスクに突如として光が差し始めた。アメリカ中のS&Lの責任者が、電話の向こうから切羽詰まった声を出し、ソロモンのモーゲージ・トレーダーと話をしたがった。手持ちのローンを売ろうと躍起になっているのだ。当初は誰にもその理由が分からなかった。

何が起こったのか?1979年10月に連邦準備制度理事会(FRB)が金利を上げて以来、S&L(貯蓄貸付組合)は出血多量の状態に陥った。預金に対して14%の利子を支払い、古い住宅ローンから5%の利益を得るといったようなビジネスをせざるを得ない状況に追い込まれていたのだ。

何の対策も講じられなければ、全部のS&Lが倒産してしまうのではないかと思われた時期もあった。そこで、1981年9月30日、議会は愛しい貯蓄業界のために気前のいい租税特別措置法案を可決した。

 

この措置のおかげで、S&Lは手持ちのモーゲージ・ローンをすべて売り、それで得た現金をもっと高利回りの投資に回すことができるようになった。よその組合が放出した安いローンを購入する形が多く、結果的に組合同士でただローンをやり取りするだけということになる。

この措置は売却の際の大きな損失(もともと額面通り、すなわち1ドル当たり100セントで組んだローンを65セントで売るのだ)も帳消しにすることができた。新しい会計基準では、損失額を貸付期間に応じて割賦償却していいことになっていた。例えば30年ローンを額面より35%安く売却した場合、1年目の損失として35/30、つまり1%強を計上すればいい。

しかし、それにも増して好都合なのは、その損失分が、過去10年間に支払った税金から繰り戻されることだ。損失が計上されると国税庁は古い税金をS&Lに還付する。S&Lとしては焦げ付きそうなローンを売り払うだけで、昔納めた税金が戻ってくる。彼らが競って抵当権を売りたがった理由はそこにあった。

 

この租税特別措置はウォール街のほうから働きかけたものではなく、実際ラニエーリ一家のトレーダーたちも、波が襲ってくるまで立法化のことを知らなかった。とはいえ、議会からウォール街に巨額の助成金が贈られたも同然だ。

ありがたくも根強きは、母の愛と持ち家志向!合衆国議会はラニエーリ一家を救った。利益を全く上げられず社内のあざけりの的にされていた時代は終わったのだ。

いわゆるスマートな投資銀行家とは一線を画した肥満軍団とも呼べるラニエーリ一家、ウォール街でただひとつの本格的モーゲージ部門は、もはや会社の鼻つまみ者でもお荷物でもない。急成長市場の堂々たる専制君主なのだ。

 

売りたくて必死になっている客は弱い立場に置かれる。いくらで売れるかより、いつ売れるかを気にかけているからだ。S&Lの会頭たちもそういう種類の客だった。彼らの無知がそれに拍車をかけた。

 

モーゲージ部門のあるトレーダーは会頭との電話でのやり取りを楽しげに振り返る。

「あちらさんは、1億ドル分の30年ローン(同じ金利のもの)を売って、そのカネで1億ドル分のほかのローンを買いたがっていた。おれは1ドル当たり75セントで買い入れて、85で売ってやると言ったよ」

 

その数字に会頭は頭をかいた。売りに出すローンと買いたいローンはほぼ同じ値打ちのものなのに、それだけの差額をつけられたら、1千万ドルの売買手数料をソロモン・ブラザーズから請求されていることになる。

 

会頭は言った。

「あまりいい取引とは思えんね」

トレーダーは心得たセリフで切り返した。

「経済的に見りゃいい取引じゃないでしょう。だけど、こう考えたらどうです。条件をのまなきゃ、あんたは失業するってね」

 

 

1981年10月は、資本市場の歴史の中で最もでたらめな月だった。