資産運用 Lab.
8. 下等生物から人間への道
要約
電話を使ってやれることはたくさんあるが、法律に触れない範囲で一番あくどいのは、なんといっても、面識のない相手に欲しくもないものを売りつけようとすることだろう。
ロンドンで若きセールスマンとしての第一歩を踏み出したとき、僕の膝の上には、発音もできないフランスの名前がいっぱい詰まった一冊の本が載っていた。
ぼくのボス兼ジャングル案内人、スチュー・ウィリッカーに電話の前にへばりついて、そろそろ食いぶちを稼ぎ始めろと言われたのだ。
「パリの番号全部にかけろ」というのが命令だった。
「笑顔を忘れずにな」
名簿の一番上にあった名前は、F.Diderognon。
なんだこれは?男か?女か?
ぼくはジャングル案内人にどう発音すればいいのかをきいた。
「なんで、おれがそんなことを知ってるんだ?きみはフランス語が話せるんじゃなかったのか?」
「いいえ、履歴書に話せると書いただけです」
「ああ」ボスは言って、しばらく頭をかいていた。
「構わんさ。どうせ、あのカエルどもはみんな英語がしゃべれるんだ」
まいった。電話するしかない。だけど問題は片付いてないのだ。F.Diderognon。
オニオンと韻を踏んでいるのだろうか?
よし、早口でディドロ・オニオンと言ってみることにしよう。ジャングル案内人がこちらを見ている。こんな男を採用したのはまちがいだったかな、というような目だ。
ぼくはその番号をダイヤルした。
「ウイ」
雄のカエルの声だ。
「ええと、ディドロ・オニオンさんとお話しできますか?」
「なんだって?誰?」
「ディドロ・オニオンさんです。ディ、ド、ロ、オニオン」
相手の男が手で通話口を覆う。その向こうで交わされる会話は、くぐもってよく聞こえなかったが、疑わしげな口調でこう言っているようだった。
「フランク、お前の名前を発音できないアメリカのブローカーから電話だぞ。出るか?」
遠くから別の声。
「名前を聞いてみろ」
「おい、あんたの名前は?」
さっきの男が言う。
「マイケル・ルイスといいます。ソロモン・ブラザーズのロンドン支社のものです」
また通話口が覆われる。
「フランク、ソロモンの新米らしいぞ」
「ソロモンと話す気はない。ろくでもない連中だ。近寄るなと言っておけ」
「フランクはこっちの方から電話すると言ってるよ」
まったく。どうしてこんな仕事を選んでしまってんだろう?